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のんは映画「平行と垂直」の脚本にきょうだいの支え合いを描く提案をしたと明かした。安田章大との撮影経験や、表現を続ける支え、今後の挑戦を語っている。
映画「平行と垂直」に出演するのんが、文春オンラインのインタビューで、脚本への提案から撮影に至る過程と、SUPER EIGHTの安田章大との共演を振り返った。作品を引き受ける際には真剣に向き合う必要を感じ、撮影では安田の演技と人柄が大きな支えになったと語った。
映画は、自閉スペクトラム症の兄・大貴と、妹・希の物語。希が恋人からプロポーズを受け、結婚へ動き始めたことで、きょうだいの関係も変化していく。安田が大貴、のんが心理カウンセラーとして働く希、伊島空が婚約者の雅也を演じる。
企画は安田と原案・脚本担当の山野海が一から育て、小林聖太郎監督、企画プロデュースの佐藤現も加わって進めた。のんは脚本を読んで物語に心を動かされた一方、制作側が長く大切にしてきた企画であり、簡単な気持ちでは引き受けられないと考えたという。
そこで出演を決める前に、描写について考えたことを箇条書きにして伝えた。希だけが大貴を支えているように見えたため、希も兄に支えられていると感じられる場面が欲しいという提案や、大貴と雅也の家族との交流を描く案を挙げた。
制作側からは、その考えを少しずつ取り込んだ新しい脚本が届いた。のんは提案が形になったことに感動し、自分もすでに作品の世界に関わっていると気づいたと振り返った。その後、覚悟を決めて出演を引き受けた。
大貴と雅也の家族の交流は完成した作品でも重要な場面になった。のんは、共演者たちの演技が素晴らしく、同じ作品に参加できたことがうれしかったと述べた。
希は几帳面な兄と対照的に、忘れ物が多く、鞄のなかを捜したり、寝癖を残したりする人物として描かれる。のんは、兄に対して姉のように振る舞おうとしながら、自分もさまざまなことをきちんとできないところに人間味があると捉えた。慌ただしい動きは、演じるうえでも楽しく、やりがいがあったという。
準備では、希の感情がどのように流れ、各場面に至るまでに何を積み重ねたかを読み解いた。それを基に演出を受けるとともに、障がいのあるきょうだいを持つ心理カウンセラーから話を聞いた。役と近い立場にある人の話を聞けたことは、大きな経験だったとしている。
大貴は言葉で感情を伝えることが得意ではないため、希は表情や視線、動きを見て反応する。のんも安田の演技を受けてどう動くかを準備していたが、初めて撮影に入った瞬間、想像以上に繊細な大貴がそこにいたと感じたという。
その姿から、希としてどのように兄に寄り添えばよいかが明確になった。のんは、自分だけの準備に加え、相手役の存在によって役の動きが定まったことを語り、安田を大きな存在だったと振り返った。
安田の人柄については、場所や相手によって態度を変えず、良い面も悪い面も含めて自然に受け止める人だと説明した。自分が混乱したり、気持ちが高ぶったりしても、受け止めてもらえる安心感があったという。
のんによると、安田自身は、個性的な人が多い尼崎で育った経験が、その感覚に関係しているかもしれないと話していた。幼少期から多様な人に囲まれ、人にはいろいろなあり方があると自然に考えるようになったという説明だった。
その話では、尼崎の人々を唐十郎の作品世界に出てくるような面白い人たちに例えた言葉もあった。のんは、自分にない感覚の人に会うと思考が止まってしまうことがあるが、安田は相手をそのまま理解しようとする点に驚いたと述べた。
知識があり、頭の回転も速いのに、それを誇示しないところも印象に残ったという。のんは、自分なら誰かに知ってほしいと思う場面でも、安田には承認を求める様子が見られないと話した。これまで出会ったことのないタイプの人だったとしている。
以前のテレビ出演で安田を「神の使い」と表現したことにも触れた。今回も、幅広い人を受け止める態度をその言葉で説明し、撮影の空間はこれまでにない優しさがあり、安田がいたから乗り越えられたと振り返った。
大貴との場面で特に記憶に残るのは、きょうだいがお互いを「お荷物」と捉え、二人は「おあいこ」だと確かめるやり取りだという。希は、兄が問題を起こすたびに面倒に感じていたことを吐露する。のんは、愛情だけでなく憎らしさも生まれる家族の複雑な感情が、この場面に集まっていると捉える。
希が兄からも「お荷物」と言われることは、兄が自分の存在を理解し、きょうだいとして見ていたと気づく瞬間でもあるという。のんは、大貴の表情から、妹の言葉に悲しみながらも励ます感情が伝わったと説明した。自分を一方的な支援者と考える関係とは違う、互いに支え合う姿が印象に残ったとしている。
自身が社会で生きる支えは何かという問いには「好き」と答えた。表現の仕事では人に受け取ってもらい、楽しんでもらうことを目指すが、見る側の要望だけが中心になると、自分が担う意味を失うと考えている。
のんは、自分の好きなものを追求しながら表現を開拓する意識を大切にしているという。作品が良かった、好きだったと伝えてもらえることが最も嬉しいとし、好きな仕事を続けることが幸せだとの考えを語った。
取材では、ドラマ撮影のない日にも創作に打ち込み、休みをあまり取らないというマネージャーの話も紹介された。これに対してのんは、実際には休日を確保しようとしていると笑いながら応じた。仕事の喜びは確かだが、休みを取ろうとする気持ちもあると示すやり取りだった。
一方、日々の生活は得意ではなく、負担に感じることがあるとも明かした。それでも他の人がしていることを自分だけ放棄するわけにはいかず、全部をやめれば世間から離れてしまうと考えている。苦手なところを互いに補い、助け合うという話には賛同した。
2026年は能年玲奈としてのデビューから20周年、のんとしての活動開始から10周年となる。9月15日には小松成美氏の評伝「のんフィクション ヒーロー誕生」が発売され、17日からは主演ドラマ「幸せカナコの殺し屋生活2」がDMM TVで配信される。
週刊文春2026年9月3日号の「原色美女図鑑」にも登場した。今回の全2回のインタビュー後編は、誌面に収まらなかった話を未公開写真とともに紹介するもの。古民家と夏の土手での撮影は、自然との組み合わせをテーマにした。
撮影で持ったワイヤーアートには、これまでの人との縁を円の形で示す意味が込められた。写真を小見山峻、ヘアメイクを菅野史絵、スタイリングを町野泉美が担当し、衣装はKANAKO SAKAI、HOMMENA、YOHEI OHNOが協力した。
今後について、のんは新しい分野を開拓し、さらに冒険したいと語った。大きな目標を持つため、現実との距離に落胆することもあるが、先の見えない場所にも恐れず踏み込みたいという。
その思いを説明する経験として、自身の人生を歌った「荒野に立つ」のミュージックビデオ撮影を挙げた。伊豆大島の裏砂漠に向かった際、天候が悪く、霧で数メートル先も見えない状態になった。景色やスタッフの姿が見えず、声を掛け合わなければ危険だと感じたという。
のんは、そのように自然の大きな力を感じる体験をまたしてみたいと話し、安全を確保したうえで、抗いがたいものに向き合い、その先を見たいと説明した。
同じ撮影では、風になびかせるため20メートルの布を持参した。長すぎれば現場で調整する予定だったが、そのまま一直線になびき、想像を超える映像を撮れたという。実際に布を使って撮影したと伝わるか心配になるほど幻想的だったと振り返った。
未知の場所へ進むことで得られた景色と体験が、今後の表現にもつながる希望となっている。のんはまた同様の景色を見たいとし、これからの活動で予想しなかった感動を味わいたいと語った。
脚本への提案は、登場人物にこうなってほしい、ある描写が加わればさらに良いのではないかという、読んだ時に生まれた願いを伝える形だった。のんは、それを制作側が丁寧に受け止め、新しい脚本にして返したことが、作品への参加を実感するきっかけだったと説明している。
希を演じる際には、兄への愛情だけではなく、うまく意思疎通ができない時の苛立ちも含まれる。取材者は、心理カウンセラーとして人に向き合う場面と、兄を見る場面で、希の視線に違う感情が表れていると話した。のんは、撮影前に各場面の感情を読み、現場で安田の演技を受けるという過程を述べている。
安田に関する話は、役の完成度と、現場で人に接する態度の両方に及んだ。のんは、相手を受け止める振る舞いが努力を見せつけるようなものではなく自然だったことに驚いたとした。自分なら知識や能力を理解してもらいたくなるところでも、安田にはそれを示そうとする態度がなく、その違いを強く感じたという。
「おあいこ」の場面については、希が兄に気持ちをぶつけた後、大貴が悲しみと励ましを同時に表すことが重要だったと振り返った。妹がいつも兄を支えるという形だけでなく、妹にも弱さがあり、兄もそれを知っているという関係が、のんにとって家族を感じさせる部分だった。
表現の原点に関する話では、作品が受け取られることと、自分の好みを失わないことをともに大切にしていると語った。他人に楽しんでもらうために作るとしても、自分が好きだと思えるものを追わなければ、誰が表現しても同じだという結論になってしまうという考えだ。
生活の負担については、掃除や洗濯、料理、税金などの手続きにも技能が必要だという取材者の言葉を受け、周囲の人と助け合いたいという話になった。のんは、仕事が好きであることと、暮らしを得意とすることは自分のなかでは同じではないと述べ、不得意な点を全部放り出すこともできないと語った。
20年の活動を振り返る問いには、これほど長い時間が経ったことに驚いたと答えた。節目の先に具体的な既存分野だけを追うのではなく、まだ何があるか分からない場所へ進みたいという考えを示している。目標が大きいぶん現実に落胆することはあっても、それが挑戦を避ける理由にはならないという説明だった。
Y.Kato--JT