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半導体の最先端露光技術EUVで日本企業がASMLに後れを取った背景を、長期開発への姿勢と自前主義の観点から読み解く。
かつて半導体露光装置の世界市場を席巻したニコンやキヤノンなどの日本勢。ただし、半導体の微細化を左右する最先端技術「EUV(極端紫外線)」の開発において、日本は事業化以前に、技術開発そのものでオランダのASMLに完敗を喫した。日本企業おなじみの「技術で勝って事業で負ける」との構図とは異なる敗北の背景として何があったのか。
学習院大学教授・柴田友厚氏の著書『 覇者 ASMLのイノベーション戦略 』(光文社)より一部を抜粋し、日本企業を蝕む「執拗性の劣化」と「自前主義の罠」の深層に迫る。AFLO 日本はなぜ技術で負けたのか EUVは微細化の最先端を競う技術開発であり、日本は事業化どころか先端技術開発そのもので負けたと言わざるを得ない。この敗北は、広く知られている他の事例、例えばテレビや液晶パネル産業で日本企業が競争力を失った事例とは性格を異にする。
周知のように、かつて日本企業はテレビ産業で世界市場を席巻していた。ただし、液晶テレビが普及して市場が成熟するにつれて、液晶パネルの量産投資競争が激化した。サムスン電子などの韓国企業は巨額投資によって規模の経済を確立し、その後は中国企業も参入して競争はさらに激化した。
結果として、日本企業は高い技術力を持ちながらも市場での主導権を失ったのである。このような現象をさして、日本企業はしばしば「技術で勝って事業で負ける」と言われる。ただし、EUV開発での敗北は従来の事例とは事情がかなり異なる。
日本企業は技術開発そのもので後れを取ったのであり、量産で使える水準まで技術を引き上げることができなかったのである。世界で初めてEUV露光装置を実用化し、量産ラインで使える技術として確立したのはASMLだった。「執拗性の劣化」がイノベーションを阻害する ここでは、日本企業が直面した敗因を巡って、二つの観点から深掘りしておこう。
第一は、日本企業における「執拗性の劣化」との観点である。EUV開発は典型的な「死の谷」を伴う技術開発であり、技術探索から実用化まで20年以上を要し、その間には何度も計画の遅延や技術的行き詰まりが発生した。当初想定していた技術ロードマップは途中で瓦解した。
研究開発投資は膨張し続けるその一方で成果は見えず、投資家のみならず社内からも中止を求める撤退圧力が高まることは避けられないだろう。こうした状況では、企業は必ず撤退の誘惑に直面する。既に説明したことだが、執拗性とは、批判的な社内や投資家を説得して彼らの疑念を解消し、ぶれずに粘り強く目標に向かう企業の能力だと捉えることができる。
このような際、技術開発活動を継続するか否かを判断する際の重要な基準の一つは、「ボトルネックが特定できているか」との点である。問題が特定されており、解決への道筋が見えているのであれば、時間はかかっても前進できる見込みがある。反対に、何が問題なのかとの問題の所在すらわからないのであれば、投資を継続する合理性は乏しい。
ASMLはEUV光源の出力不足こそが実用化に向けた最大のボトルネックだとのことを理解していた。そしてそれを解決するために、米国の光源専業メーカー「サイマー」の買収を計画し、それを実現するために顧客であるインテル、TSMC、サムスンから直接出資を募る前例のない共同投資プログラム「CCIP(Customer Co-Investment Program)」を立ち上げたのである。だがCCIPの実行には株主総会での承認が必要であった。
経営陣はフィデリティやブラックロックといった大手投資会社からの批判的な声が浴びせられる中で、株主総会との修羅場をくぐり抜けなければならなかったのである。これが執拗性との能力の一つの具体的内容である。ここで重要なのは、何がボトルネックなのかを理解し、その解決方法を巡って説得力のあるシナリオを描けることである。
ASMLが投資家や顧客を最終的に説得できたのは、EUV光源とのボトルネックを明確に認識し、その解決策としてサイマー買収とCCIPを位置付けていたからであった。東レやファナックは大きな成功を収めたが… かつての日本企業にも、執拗性を発揮して大きな成功を収めた例は少なくない。東レは1960年代から炭素繊維の研究開発を開始したが、長期間にわたって十分な収益を生み出せなかった。
ただし投資を粘り強く継続した結果、航空機用途で需要が拡大し、現在ではボーイング787の機体材料として広く採用されるなど、世界トップクラスの地位を築いている。事業が本格的に開花するまでには数十年を要した。さらに、ファナックのCNC(コンピュータ数値制御)装置の開発もそのような例の一つだ。
CNC装置のいち早い実用化は、日本の工作機械産業を世界の頂点に押し上げる原動力の一つとなった。その開発プロジェクトは1959年頃から富士通社内で始まったが、9年以上もの赤字に耐え続けて、ようやく世界で初めて実用化にこぎつけた。当時の富士通の経営陣は、まだ利益の出ないCNC開発に対して、10年近くもの間投資を続けたのである。
世界初を目標とするような革新的な先端技術開発であればあるほど、長期的な視点に立って短期的な収支に左右されずに、技術探索を執拗に継続する能力こそが求められる。気になるのは、近年、日本企業の執拗性が劣化していないかとの点だ。短期収益を求める投資家へ配慮する余り、3年で黒字に転じなければ新事業から撤退する企業が多いと聞く。
そのような慣行が存在する企業もあるようだ。だが、たかだか3年程度で撤退していては、世界へ影響を与えるイノベーションは日本からでてこなくなってしまうだろう。硬直化した組織が陥る「能力の罠」 第二は日本企業における「能力の罠」との観点である。
本書で繰り返し見てきたように、ASMLの強みは個々の技術ではなく、「技術を組み合わせて組織化する能力」にあったのである。重要なのは、自社がすべての技術を持つことではない。そうではなくて、外部の異なる技術をうまく統合して、一つのシステムとして機能させる能力である。
これは、日本企業が得意としてきた「自前主義」と対照的であろう。日本企業は優秀な現場技術者を多数抱え、現場の主体的な問題解決と継続的な改善活動が成長の原動力だった。広く知られているように、日本企業の強みは現場の強さにあった。
ただしEUVのような最先端技術開発になると、一企業だけで必要な技術を抱え込むことは現実的に不可能になる。にもかかわらず、依然として強い現場へ頼り過ぎるならば、このような環境変化の中ではその行動は弱みに転じてしまう。だとするならば、日本企業は「能力の罠」に陥ったと言わざるを得ない。
能力の罠とは、外部環境が変わったにもかかわらず依然として既存能力にこだわり続けてしまい、それが弱みに転化してしまうことを言う。注意してほしいのは、現場の強さそのものが問題だったわけではないとのことだ。そうではなくて、環境が大幅に変化したにもかかわらず、その能力にのみこだわり続けて、変化することをおろそかにすることが問題になる、とのことなのである。
「EUV水準」のイノベーションで求められたのは、世界中の最良の技術を探し出してそれを組み合わせ、体系的なシステムとして組織化する能力である。ここで必要だったのは、現場の強さに依拠した「自前主義」ではなくて、世界中の最良技術を結集して組織化するシステム・アーキテクトだった。これこそがASMLの仕事の仕方だったのである。
無名のオランダ企業が覇権を握れた理由 それにしても、なぜオランダで、と思わざるを得ない。決して大国とは言えないオランダの企業が、なぜこのような仕事の仕方をして、そしてついには技術覇権を握るに至ったのか。その理由を巡って、前章では「貧困説」を提示した。
ASMLの設立当初は小さくて貧しかったことが、他社の力をうまく活用するシステム・アーキテクトとの仕事の仕方にたどり着いたのではないかとの仮説だ。ここで提示するもう一つの説は、歴史と文化的側面に求める見方だ。作家の司馬遼太郎は『街道をゆく オランダ紀行』で、17世紀オランダの黄金時代を紹介したうえで、オランダ人の仕事の仕方を巡って興味深い指摘をしている。
「オランダにとって“黄金の17世紀”といわれる時代でも、人口は二百万台にすぎなかったようである。でありながら、17世紀には、この小国が、ヨーロッパ第一の国民所得を誇った。(中略) それでも「仕事」とのものにかけては、ヨーロッパ随一の能力を持っていた。
物事を組織的にやるとの、こんにちの巨大ビジネスのやり方をあみだしたのは17世紀のオランダであり、18世紀はじめの英国は、それをいわばまねたにすぎないとさえいえそうである。」 ここでのポイントは、17世紀のオランダは「物事を組織的にやる」との仕事のやり方をはじめてあみだしたとの指摘だ。この仕事の仕方は、まさに、世界中の最良技術を結集するとのシステム・アーキテクトの仕事の仕方に通じる側面が大いにあるように思える。
AFLO とするならば、このような仕事のやり方が、かつて黄金時代を築いたオランダ人の特性として、もっと言えばアイデンティティの一つとして、世代を超えて伝承され継承されてきた見込みは否定できない。17世紀のオランダは物事を組織的に行うとの仕事のやり方をあみだしたことで、世界の覇権を握り黄金の17世紀を作り上げたのである。そしてASMLは、システム・アーキテクトとの仕事のやり方で、半導体露光装置産業の覇権を握ったのである。
その敗北を技術者の能力不足に帰着することは短絡的に過ぎる。むしろ、日本企業が長年培ってきた強みが、「EUV水準」の革新が求められる状況の中では十分に機能しなくなったことに、その要因の一端があったように思われる。半導体露光装置産業の覇権争いは、技術力の構築競争だけでなく、世界中に存在する知識や技術をいかに組織化するか。
その能力が問われる競争でもあったと解釈できるだろう。
Y.Kato--JT