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ニコンが次世代露光技術EUVから退き、450ミリウエハー対応と既存技術の改良へ資源を移した判断の経緯を検証する。
かつて半導体露光装置の世界で覇を競ったニコンとオランダのASMLは、2010年代に入って大幅に進路を分けた。ニコンは次世代技術「EUV」から撤退し、既存技術の改良に活路を求めたのだ。当時のCEO・牛田一雄氏は「判断にブレはなかった」と言い切ったが、この選択は結果として手痛い失敗に終わった。
なぜニコンはその道を選び、社内の開発陣をどう納得させたのか。柴田友厚教授の著書『 覇者 ASMLのイノベーション戦略 』(光文社)より一部抜粋してお届けする。Zoey/イメージマート 「名誉ある撤退」を選んだニコン この局面で、ニコンとASMLの戦略は大幅に分岐する。
ニコンは450ミリ対応に大幅に舵を切り、EUV開発からは撤退した。よりニコンの意図をくむならば、EUVからの「撤退」よりも「戦略転換」と表現する方が適切かもしれない。その一方で、ASMLは450ミリ対応を睨みつつも、迷うことなくEUV開発に邁進した。
まず、ニコンの戦略転換から見てみたい。ニコンの判断は必ずしも非合理的とは言えない。2013年のニコンのアニュアルレポートは、EUV開発よりも450ミリへの対応を重視する方向性を、次のようにはっきりと宣言している。
「EUVLが次世代装置の本命だと言われて5年以上たちますが、開発は予定通りに進んでいないのが現状です。そうした状況で、半導体メーカーは450mmウエハ対応装置の検討を始めています。これはまさに我々が以前より描いていたロードマップと合っており、あとは450mmウエハ対応装置の開発を予定通りに進めることがいっそう重要になります」(2013年のニコンのアニュアルレポート〈原文ママ〉) ここで450ミリウェハー対応装置とののは、EUVではない従来のDUV(KrFやArF)露光装置を450ミリウェハーに対応できるようにするとの意味である。
さらに2013年のニコンのプレスリリースを見ると、そこには450ミリ対応のArF液浸露光装置の試作機を2015年に出荷すること、次いで量産機を2017年に出荷することが表明されている。さらに、450ミリウェハー対応の試作機を早期にG450Cへ提供して使ってもらい、450ミリウェハー対応のArF液浸露光装置の業界標準化を目標とすることも表明している。ここからは450ミリで世界をリードしようとする意気込みが伝わってくる。
そして2014年6月にCEOに就任した牛田一雄は、同年9月のビジネス雑誌とのインタビューで450ミリを巡って次のように語っている。「悲願のシェア奪回を期すのは、近々予想されるウェハー口径の300ミリから450ミリへの転換期だ」(『PRESIDENT』 2014年9月1日号) 牛田は450ミリへの転換が近々起こるとみており、それを絶好の機会としてASMLからシェア奪回を目指していたふしがうかがえる。実は半導体産業ではウェハーサイズの大口径化への転換を既に経験していた。
2000年前後に、ウェハーサイズの主流が200ミリから300ミリへ変わり、特に2005年以降、先端プロセスではほぼ300ミリになった。この移行は露光・成膜・エッチング・搬送すべてにおいて装置の全面刷新を必要としたために、業界変動をもたらした。ウェハーサイズの変更がもたらす影響を経験していた牛田は、450ミリへの大口径化でも同様の変動が起こるとみていたに違いない。
大口径化をシェア奪回の機会とするために、450ミリへの移行をASMLに先駆けて積極的に先導したのではないだろうか──これはあくまでも私の推論である。繰り返すが、大口径化はあくまでもコスト削減と生産効率に関わる課題であり、微細化競争とは直接関係しない。決断の背景にあった「コンコルドの轍を踏む」恐れ そこで、当時のニコンがどのような微細化戦略を描いていたのかを見てみよう。
同じ雑誌インタビューの中で、牛田はEUVから撤退した背景と今後の微細化戦略を次のように語っている。「ASMLはEUV(極端紫外線)露光との、次世代技術の開発に注力した。ニコンも研究したが、EUV露光は開発費が膨大で、量産化においては経済合理性が成り立たない見込みが強い。
マッハ超えは達成しても商業的には失敗した超音速旅客機コンコルドの轍を踏む恐れがあると、私は考えた」(『PRESIDENT』 2014年9月1日号) 既に触れたように、牛田は「超音速旅客機コンコルド」を引き合いに出して、EUV撤退の理由を経済合理性との観点から説明している。EUV露光機がたとえ技術的には完成したとしても、商業的には成り立たないだろうと考えたのだ。実際のところコンコルドの場合は、航空会社からの注文量が圧倒的に少なく、採算ラインの250機にはるかに及ばない20機しか製造されなかったのである。
その結果採算が全く合わず、2003年に全ての路線が終了した。さらに牛田は撤退後の微細化戦略を次のように述べている。「われわれは、ArF(フッ化アルゴン)液浸露光との、今ある技術に狙いを定め、主力部隊を一点に集中して戦う戦略を選んだ。
半導体の微細化で、今視野に入る一番先端までは、ArF液浸で達成できる自信がある。判断にブレはなかった」(『PRESIDENT』 2014年9月1日号) つまりニコンはEUVの代わりに、現行技術のArF液浸露光装置に資源を集中させる方向に舵を切った。それにダブルパターンニング(多重露光)技術を加えることで、微細化要求に対応できるはずだと考えた。
微細化の実現を巡っては、EUVとの先端技術開発を中止して、DUVとの現行技術に資源を集中させてそれを最大限活用する道を選択したのである。「判断にブレはなかった」との発言からは、トップ主導の判断だったふしがうかがえる。EUVよりも450ミリへ その一方で、社内のEUV開発陣はそう簡単に撤退に納得できたのだろうかとの疑問が生じる。
ニコンは2003年に公式にEUV開発をスタートさせ、2007年には試作機開発を成功させ、その後もEUV開発に進めてできたのであるから、EUVからの撤退を巡っては、組織内に賛否両論の様々な議論があったであろうことは想像に難くないだろう。「コンコルド効果」も働いたに違いない。コンコルド効果とは、これ以上事業を継続しても成功の見込みが薄いにもかかわらず、従来投資してきた資金や労力が無駄になることを惜しむあまり、やめにくくなるとの人間に自然に働く心理的バイアスである。
beauty_box/イメージマート さらに、もう少し継続すれば成果が出るかもしれないとの楽観的な見通しも、この心理を後押しする。コンコルド開発の場合、開発途中から商業化の厳しさに薄々気が付いていながら、開発を中止できなかったところから、そのように命名された。感情に働く力は理性の力を超えるために往々にして対応がやっかいなものになりがちだ。
ニコン社内でもコンコルド効果に由来する意見が、特に技術者から出たに違いないと推測できる。この心理的で感情的な力を断ち切る役割を果たしたのが、450ミリへ戦略転換するとの大義名分だったのではないだろうか。EUVよりも450ミリへ対応する方が一層顧客ニーズにかなっているとの理屈が、コンコルド効果を克服し、EUVから撤退することの納得性を組織内で高めたように思える。
EUVの中止は撤退ではなく、一層顧客ニーズに応える道を選択して進むためである、との理屈だ。そういう意味では、より顧客ニーズに応えるとの大義を掲げた「名誉ある撤退」だったと言うべきかもしれない。ただしニコンにとって想定外だったのは、あれほど意気込んだにもかかわらず、450ミリの顧客ニーズが急速に萎んでいったことだ。
H.Takahashi--JT