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26歳を迎えたaespaのジゼルは、短い練習生期間でのデビュー後、幅広い音楽知識を生かして作詞・作曲にも活動を広げている。
4度目のワールドツアー中の4人組aespaで、ジゼルは10月30日に26歳となった。東京都内で育ち、日本語、韓国語、英語を使う。日本人の父と韓国人の母の間に生まれ、本名は内永枝利。インターナショナルスクール時代は歌手ではなく女優を志望し、音楽は好きでもステージに立つことには怖さがあったと明かしている。
日本でのK-POP人気をきっかけにオーディションを意識し、18歳でダンスを開始。大学には合格したが進学せず、2019年12月にSMエンターテインメントのオーディションへ4回目の挑戦で合格した。課題ではNCT 127の「Cherry Bomb」を歌ったという。入所から1年足らずの2020年11月にaespaでデビューし、SMの女性アーティストで最短の練習生期間となった。
メンバーのカリナは、ジゼルが幅広い音楽を聴き、録音時には互いに意見を出しながら英語の発音も直してくれると評価している。影響を受けた音楽家としてアリアナ・グランデ、スティーヴィー・ワンダー、Blink 182を挙げ、共演したい相手にはSZAを挙げた。レゲエに傾倒した時期もあった。
2026年8月の英インターネットラジオNTS Radioでは、Sade、Pixies、Smashing Pumpkins、Blink 182、Nujabes、TV Girl、MGMTなど、年代とジャンルを横断する曲を選んだ。リスナーとしての知識を創作にもつなげ、2023年のソロ曲「2HOT4U」からクレジットに名を連ねた。
2024年の「Dopamine」では、R&Bを基礎にダンス部分へEDMを組み合わせる案を自ら示し、以降のソロ曲には作詞・作曲で参加。2025年の「Tornado」、2026年ツアーで披露した「BYEB4HELLO」、ニンニンとの「Lollipop」にも関わった。思いついた歌詞をノートへ書きため、1冊の本ほどになったこともあるという。
2023年8月、aespaは海外アーティストとして当時最速で東京ドーム公演を実現。ジゼルは日本のファンへ「ただいま」と呼びかけ、自作の日本語曲「Keep Goin'」を披露した。シティポップの雰囲気には日本語が合うと考えており、複数言語を音楽表現の一部として使う。2026年1月には東京での写真に「jimoto」と添えて投稿し、故郷とのつながりも示した。
「Dopamine」は本人が先に制作を提案し、事務所に意見が受け入れられたことで解放感を得た作品だった。R&Bを軸にしながら、コンサートで映えるようダンスブレイクへEDMを加える発想もジゼル自身から出た。
2025年の「Tornado」はトロピカルなダンス曲で、翌年の「BYEB4HELLO」は成就しないと分かっていても相手を思う感情を描いた。ニンニンとの「Lollipop」では2人で作詞・作曲に参加し、ユニットでも制作面へ関わった。
創作では思いついた言葉を日常的にメモし、蓄積した歌詞が本1冊ほどの量になったこともある。韓国でのインタビューでは、メロディーを作りながら言葉を合わせていく方法を説明した。
東京ドーム公演では日本のファンを指す「MY-J」へ帰郷のあいさつをし、地元東京で大舞台に立てる感謝を伝えた。翌年の東京ドームでも第一声は「ただいま」だった。
普段は日本出身であることを強調し過ぎない一方、日本公演では故郷との結び付きを率直に示す。シティポップの雰囲気は日本語でなければ表現しにくいとして、日本語の響きを創作上の素材として使っている。
2026年1月には東京でラーメンや焼き鳥を楽しむ写真を投稿し、ファンから帰郷を歓迎する声が寄せられた。ステージを怖いと感じていた少女は、多様な音楽を吸収しながら世界ツアーで自作曲を披露する表現者へ変化した。
K.Nakajima--JT