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元公務員の関係者は、自衛隊の非公然情報組織「別班」が実在し、銃器を持たず国内で協力者を運用してきたと証言した。政府は存在を否定している。
TBSドラマ「VIVANT」で描かれた自衛隊の秘密部隊をきっかけに、「別班」と呼ばれる組織への関心が再び高まっている。日本政府は2013年12月10日の閣議決定による答弁書で、「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」という組織は過去にも現在にも存在しないと説明している。
一方、別班関係者と接触してきたという元公務員A氏は、組織は実在したと主張する。A氏によれば、設立の源流は自衛隊発足前後の1954年頃にあり、ソ連軍の侵攻や武装工作員の流入を警戒した旧軍関係者が、警察だけでは不足すると考えて独自の情報収集を求めた。
旧陸軍中野学校には旧ソ連の地誌や戦術に詳しい情報要員がいたが、戦後は旧軍への反発が強く、公然と活動しにくかった。A氏は、関係者が当時の吉田茂首相に働きかけ、設立の承認を得たと説明。吉田氏の署名がある許可書が、公文書としてではなく、担当責任者の施錠された引き出しで代々引き継がれたと証言した。これらは政府が確認した事実ではなく、A氏の証言に基づく。
初期の主要任務は、日本へ入り込もうとするソ連軍の監視だったとされる。侵攻の兆候を探り、日本国内で活動するソ連外交官らの動向も調べたという。
ドラマの別班と異なり、構成員に捜査権や逮捕権はない。自衛官の身分を隠し、目立たない小規模企業の会社員を装って活動した。監視しやすく移動しやすい場所を選んで勤務先を設定したとA氏は説明する。
海外で銃撃戦を行うような任務はなく、外交官特権など政府の保護も受けられない。仲間の自衛官にも所属を伏せるため駐屯地へ近づかず、定期射撃訓練にも参加しなかった。拳銃や護身用ナイフを持たず、海外活動を想定しないためパスポートを持たない人も多かったという。
構成員は30代後半から50代の約20人で、防衛大学校卒を含む幹部自衛官だったとされる。心理戦や情報工作への対処を学ぶ「心理戦防護課程」で適性を認められた人が勧誘され、ロシア語、中国語、朝鮮語を中心に学んだ。スペイン語に通じた隊員もいた。
家族にも実際の仕事を明かせず、保険や年金の記録から自衛官だと気づかれる場合はあったものの、普通の会社員だと信じられていた例もあったという。
海外で情報を得る役割は、現地の協力者であるエージェントが担い、別班員はコントローラーまたはケースオフィサーとして協力者を管理した。たとえば北朝鮮の道路や橋は位置や大きさだけでなく強度が分かれば、ミサイルを運ぶ経路を絞り込み、防衛上の判断に役立てられる。
A氏の証言が正しければ、別班は派手な武力活動ではなく、人を通じた情報収集を半世紀以上続けたことになる。政府見解とは食い違っており、組織の公的な存在は確認されていない。
A氏の説明では、構成員は公的な制服や肩書で動かず、情報協力者との関係を長期に保つことが中心だった。映画やドラマのような即時の成果ではなく、断片的な情報を積み重ねて相手国の動きを判断する活動だったとされる。
身分を秘密にする仕組みは組織を守る一方、隊員本人と家族を公的な評価や説明から遠ざける。存在そのものを政府が否定する以上、証言内容を独立に検証することが難しい点も、この問題の核心となっている。
K.Hashimoto--JT