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川崎Fは23日、元日本代表FW小林悠(39)が27年1月1日をもって現役を引退すると明らかにした。J1歴代7位の144得点を記録しながら、負傷に苦しんできたストライカーは川崎市内で会見し、サポーターの前での復活ゴールを約束。契約最終日の来年元日に決勝が行われる天皇杯で、現役最後のタイトル獲りに挑む。
川崎Fは23日、元日本代表FW小林悠(39)が27年1月1日をもって現役を引退すると明らかにした。J1歴代7位の144得点を記録しながら、負傷に苦しんできたストライカーは川崎市内で会見し、サポーターの前での復活ゴールを約束。
契約最終日の来年元日に決勝が行われる天皇杯で、現役最後のタイトル獲りに挑む。
39歳の誕生日、背番号と同じ11時に始まった会見。小林は「加入して17年目。
これだけ長く一つのクラブで現役を続けられて本当に幸せ」と思いをかみしめ「2026年12月いっぱいで引退を決めました」と打ち明けた。一番の理由は「自分自身のことを信じ切れなくなった」からだとしている。
「シーズンを通して一点も取れなかったらFWとして辞めるべき」。そんな思いの中で25年は1得点して現役続行を決めたが、今年前半のJ1百年構想リーグは無得点。
出場2試合で故障もあって最後は戦列を離れた。そこで一度は引退を決めたが、中村憲剛コーチの助言や吉田社長らの説得もあって、再起を決意。
「もう一年、体と心に向き合った時に、ちょっと頑張れない自分がいた」と異例のシーズン折り返し地点での引退が決まった。「膝も悪く、体もボロボロ」と漏らすが、期限が決まり「ギラギラした気持ち」が戻ったとしている。
「サポーターや妻と息子たちのためにも、最後の3カ月でどんな形でもいいのでゴールする姿を絶対に見せて感謝の気持ちを返したい」と涙で訴えた。巧みな位置取りで得点を重ね、主将になった17年には得点王に輝く活躍でJ1初優勝を支え、MVPに選ばれた。
「体格に恵まれたわけでもスピードがあるわけでもないが、たくさん得点できたことには自分なりの考えがある」と引退後はFW育成に意欲を見せた。今季8試合でベンチ入りもないが、全体練習には合流。
U―21リーグを経て戦列復帰の青写真を描く。「12月いっぱい」と語った契約は来年元日まで。
花束贈呈に現れたMF脇坂主将は涙ながらに「最後、一緒に天皇杯を獲れるように」と訴え、小林も「一緒に獲れたら」と応じた。J1優勝4度など黄金時代を支えたエースが、最後の挑戦に踏み出す。
≪J2札幌が“キラー”へ異例「お疲れさま」≫引退表明の小林に対し、J2札幌がSNSで異例のメッセージ。公式戦出場12戦連続15得点を決められたことに触れ「“札幌キラー”として恐れられた小林選手。
お疲れさまでした」などと発信。両チームがルヴァン杯で勝ち上がれば対戦の可能性があることを指摘し「借りを返させてください」と敗れた19年決勝で2得点された天敵へのリベンジを誓った。
小林も会見で「札幌は自分を到着させないようにSNSでいろんな仕掛けをつくってくれたり、愛があるな、と」と感謝していた。◇小林 悠(こばやし・ゆう)1987年(昭62)9月23日生まれ、東京都町田市出身の39歳。
麻布大渕野辺高2、3年時に全国高校選手権出場。拓大3年時の08年にJ2水戸(現J1)の特別指定選手として5試合出場。
10年加入の川崎Fではリーグ優勝4回など数々のタイトル獲得に貢献。途中出場から挙げた29得点は「J1リーグにおける途中出場選手の最多得点数」のギネス世界記録に認定されている。
日本代表では14試合2得点。1メートル77、72キロ。
K.Abe--JT