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ステージ4の悪性リンパ腫を治療した笠井信輔さんは、判定延期を経て完全寛解を告げられた際の家族の反応を振り返った。
ステージ4の悪性リンパ腫を治療した元フジテレビアナウンサーの笠井信輔さんは、著書「生きる力 がん寛解までの記録」で、医師から体内にがん細胞は確認できないと告げられた時の経緯を記している。
退院20日後、PET検査の結果が出る日の午前、笠井さんはブログで、その日の午後に寛解か治療続行かの診断が下ると予告した。寛解になる自信があったが、医師の評価は「100点ではないが90点以上」で、腰付近の影が病変かどうか判断に時間が必要とされた。医師からは、結果が確定する前にブログへ書かない方がよいとも注意された。
落胆する笠井さんの横で、妻は医師と結果の公表方法を相談した。病院を出た後、笠井さんが謝ると、妻は結果が後日に持ち越されたことで「ドラマチックになったと思えばいい」と笑って返したという。
2週間後の詳しい解析で、影はがん由来ではないと判明し、医師は完全寛解を告げた。笠井さんは大声で喜び、周囲とハイタッチしたいほどだったが、家族から普段声が大きいと言われるため抑えた。
振り返ると長男は黙って笑い、妻も最初から大丈夫だと思っていたと落ち着いた反応だった。帰りの車から高校生の三男へ電話すると、三男は何度も確認して喜び、最後に「ありがとう」と伝えた。普段多くを語らない三男の言葉に、笠井さんは涙が出そうになったという。
その後、健康を取り戻すにつれて再び多忙な働き方へ戻ろうとする笠井さんに、妻は大病を経験しても以前と同じ生き方へ戻るのかと問いかけた。この言葉は、猛烈に働いてきたアナウンサー人生を見直すきっかけとなった。
最初の検査で確定しなかった腰の影について、医療側は追加解析を行い、がんによるものではないと判断した。寛解の知らせは、治療を続ける必要があるかどうかを待った2週間後にもたらされた。
完全寛解後も、病気以前の働き方へそのまま戻ることは家族にとって懸念だった。妻の問いかけは、治療の成功だけでなく、その後の生活をどう変えるかという課題を本人へ突き付けた。
M.Ito--JT