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前後左右だけでなく高さも表現するドルビーアトモスの車載採用が広がり、一般的な4スピーカー車で利用できる市販ディスプレイオーディオも登場した。
空間オーディオは左右と前後に加え、上下方向まで含む立体的な音場を表現する技術だ。代表的な方式であるドルビーアトモスは、従来のステレオが左右の音を組み合わせるのに対し、高さと奥行きを含む空間を構成し、個別の音をオブジェクトとして移動させることで高い没入感を生む。
従来の5.1チャンネルなどは、基本的に再生する音を各チャンネルへ割り当てる。ドルビーアトモスでは、音の位置や動きの情報をオブジェクトとして音源に持たせる。このためスピーカーの数や配置が違っても、再生環境に合わせて位置を再構成し、制作側の意図した空間を再現しやすい。
この方式は、規模も設備も異なる映画館で同様の音響体験を実現する目的から発展した。自動車でも効果があり、純正システムなら車両設計の段階からスピーカーの位置や調整を最適化できる。一般的なステレオは左右2基、5.1チャンネルは前後、中央、低音用などを組み合わせるが、アトモスは車載時に家庭用で代表的な7.1.4構成をそのまま必要としない。
音源をレンダリングし、車種ごとのスピーカー数と配置へ合わせるためだ。純正採用車では搭載機器を前提に信号処理を最適化する。ドルビージャパンが用意したトヨタ・アルファードのデモ車は21基のスピーカーを備え、うち6基をルーフに設置した。
この車両では音場が前後左右と上下へ広がり、聴き手が空間の中へ入ったような感覚を得られる。周囲を移動する音も明確で、後席中央を重視した調整により、その位置では音像の場所がさらに分かりやすかった。
空間オーディオの価値は派手な移動音だけではない。聴取位置をオーケストラの指揮者やホール最前列に設定したように表現したり、バンドのボーカル位置に聴き手を置いて背後からドラムが聞こえる構成にしたりできる。近い位置の楽器同士で一方が聞こえにくくなるマスキングも、空間上で分離すれば各楽器を明瞭に伝えられる可能性がある。
車載アトモスはこれまで自動車メーカーの純正装備が中心で、対応する高級車などを選ばなければ導入しにくかった。パイオニアのカロッツェリア「DMH-SF1000」は市販ディスプレイオーディオとしてアトモス再生に対応し、既存車への後付けという選択肢を用意した。
純正装備は対象車とスピーカー構成が決まっているのに対し、市販品は取り付け車種も機器構成も一定ではない。DMH-SF1000はフロント左右とリア左右の一般的な4スピーカーでも再生でき、大規模なスピーカー増設を不要とした。
実現の中心となるのがパイオニアの音響調整技術だ。アトモスが持つ空間情報を利用し、上方にスピーカーがなくても高さを感じるよう信号を処理する。オートTAやオートEQなどで車内環境へ合わせ、反射音と人間の聴覚特性も利用して立体的な音場を作る。
実車での試聴では、前方の音像だけでなく天井側から音が降るように感じられ、後方も含めて音に包まれた。楽器や声が上下左右へ動き、頭上を通過したり周囲を回り込んだりする表現は、通常のステレオとは異なる体験となる。
対応音源の再生は、現時点ではApple Musicのドルビーアトモス楽曲をApple CarPlay経由で使う方法が基本となる。一方、利用者が所有する曲の多くは従来の2チャンネル音源であるため、同機には「ステレオスペーシャルサウンド」も搭載した。
この独自機能は通常のステレオ音源を使いながら、高さを含む音場へ広がったように感じさせる。デモ車では切り替えると上下左右へ自然に空間が拡大し、広いライブ会場に入ったような印象を得られた。頭上スピーカーも高さ情報もない音源を活用できる点が特徴だ。
チャンネル方式では、制作者が左、右、中央、後方といった再生先を決めて音を収録する。再生設備が想定と違えば、同じ配置をそのまま再現できない場合がある。オブジェクト方式は音そのものに座標や移動の情報を与え、再生側が利用可能なスピーカーへ配分するため、設備の差を吸収しやすい。
車内は住宅や映画館より狭く、座席ごとに各スピーカーまでの距離も異なる。ガラスや内装による反射もあり、単純にスピーカー数を増やすだけでは均一な音場にならない。車両ごとに時間差、音量、周波数特性を調整し、オブジェクト情報を適切に配置する処理が重要となる。
21スピーカーのアルファードでは、ルーフの6基が高さ方向を物理的に担う。音が頭上や側方へ動く様子を明確にし、後席中央では前後左右の広がりと上方の位置関係を感じ取りやすくした。この構成は多数のスピーカーを車体へ組み込める純正または専用設計の利点を示す。
音楽での応用では、単に効果音を周囲へ飛ばすだけでなく、演奏者と聴き手の関係そのものを設計できる。客席から舞台を見る一般的な配置に限らず、指揮台や演奏者の中央へ聴取位置を置く構成も可能になる。作品ごとに位置情報を持たせることで、同じ車内でも異なる会場感を作れる。
複数の楽器が近い周波数帯で鳴ると、一部が別の音に隠れることがある。左右だけでなく前後と高さへ配置を分ければ、それぞれの輪郭を保ちやすくなり、聴き取れる情報量を増やせる。空間表現は演出だけでなく、音の明瞭さを高める手段にもなる。
後付け機のDMH-SF1000では、車種によりドア位置、スピーカー角度、内装材が違うことを前提にする必要がある。自動調整のオートTAは各スピーカーから聴取位置へ届く時間を整え、オートEQは車内で生じる周波数の偏りを補正する。これらをアトモスのレンダリングと組み合わせる。
4スピーカーで上方の音を表現する際は、耳へ直接届く音と車内で反射する音の関係、人が音源の方向を判断する特性を利用する。実際に天井へ音源を設置する方式とは構成が異なるが、既存のフロント、リアスピーカーから高さを知覚させ、導入時の工事と費用を抑える。
Apple CarPlayを経由してApple Musicの対応曲を再生する場合、楽曲側にアトモス用の位置情報が含まれている。一方、ステレオスペーシャルサウンドは位置情報を持たない一般的な楽曲を対象とし、信号処理で広がりを加える。二つの機能は使用する音源と処理の出発点が異なる。
ステレオ音源の立体化では、過度な効果を加えるとボーカルや楽器の位置が不自然になる可能性がある。試聴車では音場が滑らかに広がり、元の楽曲を大きく崩さず、天井を含む広い場所で鳴っている印象を作った。手持ちの音源をそのまま使えるため、対応曲の数に左右されにくい。
従来の車載音響では、運転席を中心に定位を合わせるか、全席で均等に聞こえるよう調整するかが主な課題だった。空間情報を扱えるようになると、座席の周囲へ音像を配置し、前方だけに舞台を作らない設計も選べる。純正システムでは車内形状と座席位置が既知であるため、メーカーが想定する聴取体験を細かく定義できる。
市販機の場合は、取り付け後の測定と調整が完成度を左右する。同じ4スピーカーでも、車体の大きさ、ドアの材質、スピーカーの向き、座席の高さによって反射と到達時間は変化する。自動補正はこうした差を整える役割を持ち、アトモス用の音源だけでなく通常のステレオ再生の土台にもなる。
利用時には対応する配信サービス、楽曲、接続方法をそろえる必要がある。アトモス表示のある曲でも制作時のミックスによって空間の使い方は異なり、すべてが派手に移動するわけではない。声や楽器を自然に分離する作品もあり、効果の方向性はコンテンツごとに変わる。
4スピーカー方式は設置のしやすさを優先できる一方、多数の実スピーカーを持つ専用車と同じ構造ではない。それでも既存車で高さと包囲感を体験できることは、空間オーディオの普及範囲を大きく広げる。まず対応曲で本来の空間情報を再生し、非対応曲では立体化機能を使い分ける構成となる。
純正装備に加え市販機が登場し、空間オーディオは車内で利用しやすくなった。対応楽曲と空間表現を前提にした制作が増えれば、音楽家や制作者の表現も広がる。音質だけでなく、どのような空間で聞かせるかを車載音響へ持ち込む技術として、普及の行方が注目される。
K.Inoue--JT