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太田信吾監督の映画「沼影市民プール」は、さいたま市の施設の閉鎖まで49日間を描く。記録と一部のフィクションを交え、利用者と公共の居場所を映している。
さいたま市南区の市営プールの最後の営業シーズンを記録したドキュメンタリー映画「沼影市民プール」が全国で順次公開されている。太田信吾監督による80分の作品で、2023年8月31日の営業最終日までの49日間を、カウントダウン形式で描いている。
プールは1971年、当時の浦和市で開設された。海のない市にプールが欲しいという市民の要望を受けた施設で、全長約100メートルのウォータースライダーなどが人気を集めた。子どもから大人まで、レジャーや健康づくり、交流の場として52年間使われたが、市は2023年度での営業終了を決めた。
映画は、存続を望む市民や施設のスタッフを追い、閉鎖が決まった公共空間のなかで人々がどう過ごし、何を語るかを記録する。廃止に反対する動きや、閉鎖・解体を巡る問題も描かれるが、利用者の日常を観察する場面が続く。
文春オンラインで作品を紹介したマライ・メントライン氏は、行政への告発という枠だけでは捉えきれない映画だと評した。公共の居場所が失われることと、その前後の人々の反応や記憶の変化に目を向けている点を評価している。
作品には、男性同性愛者の交流の場として知られていたプールの側面も含まれる。一部ではフィクションを交え、常連らしい男性の日常や、プールサイドで出会った男性との会話を描く。メントライン氏は、その部分の構図に小津安二郎の「東京物語」を思わせる演出があるとし、直接開示しにくい事柄を表現する手法として論じた。
夜の屋内プールで女性たちが取材を受け、月の見える天窓について話す場面もある。しかしカメラが映す空に月はなく、別の日に撮り直した映像は示されない。メントライン氏はこの選択を、施設の廃止とともに失われた景色を意識させる演出と捉えている。
全体は5章で構成され、米国の精神科医エリザベス・キューブラー=ロスが提唱した死の受容の過程に沿う。「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」の順に、プールの営業終了を一つの死として扱う構成だ。
メントライン氏は、とりわけ最後の受容が実際に成立したといえるかに注目した。市民が親しんだ場所の消滅を通じて、公共空間の役割や、失われた存在が過去の記憶になっていく過程を考える作品として紹介している。
同氏は、長く大切にされていた場所が突然なくなり、その前後に人々が声を上げても状況は変わらず、記憶が過去へ移っていくという社会心理の描写に、特に強い印象を受けたと記した。これは評者による作品の受け止め方で、映画が記録する営業終了の事実とは別に述べられている。
同性愛者の常連を描く部分についても、記録映像のように進んでいた作品が、演出された人物劇の形式に移ることを特徴として挙げた。賛否の分かれる手法になり得るとしつつ、プールが公式には語られにくい役割も担っていたことを伝える方法として評価した。地域の一般的なレジャー施設としての姿と、異なる利用者の居場所としての姿を重ねる内容となる。
Y.Mori--JT