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池袋暴走事故を追った記者、遺族と加害者家族の対話を記録。飯塚幸三(当時87歳)が運転するプリウスが暴走し、松永拓也さん(当時32歳)の妻・真菜さん(当時31歳)と娘の莉子さん(当時3歳)が亡くなった。
2019年4月19日、東京都豊島区で発生した池袋暴走事故。飯塚幸三(当時87歳)が運転するプリウスが暴走し、松永拓也さん(当時32歳)の妻・真菜さん(当時31歳)と娘の莉子さん(当時3歳)が亡くなった。
この事故は、高齢ドライバー問題やネットでの誹謗中傷など、多くの社会問題を浮き彫りにした。飯塚幸三氏の実況見分時 TBSの守田哲記者は、この事故の取材を重ね、被害者遺族である松永氏と加害者である飯塚氏の長男、さらには飯塚氏本人との対話を実現させた。
その記録をまとめた一冊が、『 池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日 』(文藝春秋・刊)である。本書は、100人以上の証言と約2000ページに及ぶ捜査資料を基に、事故の全貌と「上級国民」と呼ばれた飯塚氏の生涯に迫る。
「妻と娘を殺された者」と「殺した者」の長男との対面 この事故は、〈被害者遺族―加害者〉という単純な二項対立では語れない。守田記者は、典型的な事件報道のように遺族を“かわいそうな人”として描くことに疑問を抱いていた。
松永さん自身も同情を求めてメディアの取材に応じていたわけではない。守田記者の「事故の実相を社会に報じたい」という熱意が松永さんに伝わり、100回以上にも及ぶ取材関係が築かれた。
松永さんは、飯塚氏への誹謗中傷が激しくなるほど、自身が望む「再発防止」の議論が本質から離れていくのを感じていた。そうした中で、彼は飯塚氏本人やその家族との対話を望むようになる。
本書のひとつの山場は、松永さんと飯塚氏の長男が対面する場面だ。飯塚氏が刑事施設に収監されている間に行われた二人の対話は、3時間にも及んだ。
守田記者は、「『妻と娘を殺された者』と、『殺した者』の長男が直接話し合えば、口論になってしまう恐れもある」と感じつつも、「二人が本音で話し合うことで、何かが生まれるのではないか」と期待していた。対話は、獄中の飯塚氏からの手紙を読むことから始まった。
その後、技術者である二人は、事故の技術的な側面について深く語り合った。松永さんは「こんなに深い技術的な話をしたのは初めて」と漏らしたとされる。
事故原因を車の異常だと主張し続けた父に対し、長男は早くからアクセルの踏み間違いだと確信していた。二人は報道や裁判について抱え込んできた思いを、堰を切ったように語り合った。
それは、〈被害者遺族―加害者家族〉という対立関係を超えた瞬間だった。一方で、守田記者は取材者としての葛藤にも直面する。
飯塚氏が退院後、自宅マンション前で張り込み、直撃取材に成功した時のことだ。飯塚氏は「メーカーは高齢者に安全な車を開発して欲しい」との認識を示した。
この発言は、スクープであると同時に、飯塚氏を「社会的に殺してしまうかもしれないという恐怖と罪悪感」を守田記者に抱かせた。放送後、案の定ネットは炎上し、「まるで他人事ですか」「なにこいつ被害者面してんの」といったコメントが殺到した。
不正な手段なく得た発言を報じること。それが結果として当事者や家族を追い詰めるかもしれない。
守田記者は、ノンフィクション作家・魚住昭氏が、ある政治家の出自を取材した際に「これは私の業(ごう)なんです」と振り返った言葉を引用し、自身の心境を「もう取材するしかなかった」と振り返る。事故の真相、そして複雑に絡み合う人々の思いとは何だったのか。
本書 は、その深淵を記録した一冊である。池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日 守田 哲 文藝春秋 2026年7月24日 発売
H.Nakamura--JT