Goldpreis
39.3000
エプスタイン事件の被害者がたどった告発への道。数学教師から金融界に進出し、巨万の富を手にしたジェフリー・エプスタインが、各地で少女や若い女性をレイプし続けた史上最悪の性犯罪「エプスタイン事件」。
数学教師から金融界に進出し、巨万の富を手にしたジェフリー・エプスタインが、各地で少女や若い女性をレイプし続けた史上最悪の性犯罪「エプスタイン事件」。今もアメリカ社会を大きく揺るがしているこの事件は、彼の世界中のネットワークを駆使しながら行われ、長くその実態が明るみに出ることはなかった。
この悪行を暴く大きなきっかけとなったのが、ひとりの被害者女性の告発だった。彼女はなぜ事件に巻き込まれることになり、そしてどのように立ち向かったのか。
在米ライター・堂本かおる氏による 『エプスタイン事件 世紀の暗黒スキャンダルの全貌』 より、一部を抜粋して紹介する。最晩年のエプスタイン 。
その中から幾人もの女性が声を上げたが、最も果敢にエプスタインと共犯者たちを告発したのが、ヴァージニア・ジュフレイだった。彼女は16歳でエプスタインから性虐待を受けた。
フロリダとニューヨークの邸宅だけでなく、カリブ海にあるエプスタインのプライベート・アイランドやヨーロッパにも連れて行かれ、他の著名人に貸し出されることもあった。だが19歳となったジュフレイは意を決してエプスタインの元を抜け出し、やがて加害者たちへの告発を始めた。
2009年から16年間にわたって闘ったジュフレイだが、2025年4月、オーストラリアの自宅で自らの命を絶った。被害を訴えたヴァージニア・ジュフレイ 。
7歳で家族の友人に性虐待を受け、荒んだ家庭環境に耐えられず12歳で家出。一時期、セックス・トラフィッカー(=性的人身売買を行う人物)とも暮らしたが、14歳で自宅に戻っている。
16歳になったジュフレイは、トランプがフロリダ州に所有する別荘・マールアラーゴにあるリゾートホテル形式の会員制のスパのロッカールーム係員として働くこととなった。それまで見たことのない、その高級な雰囲気に息を呑み、そこで働くプロのマッサージ・セラピストを見た彼女は自分もその職業を目指したいと夢見るようになった。
ちなみに、トランプは大統領1期目の在任中、私邸の住所をニューヨークのトランプ・タワーからマールアラーゴに移している。エプスタインの恋人であり、エプスタインのために少女のリクルーターを務めていたマクスウェルは、エプスタインとの共通の友人であるトランプが所有するマールアラーゴにも出入りしていた。
エプスタイン邸とマールアラーゴは車でわずか5分程度の距離だ。ある日、マクスウェルはマッサージ・セラピーの本を読んでいたジュフレイに目をつけ、「マッサージ師を探しているから今夜、面接に来ない?
」と声を掛けた。マクスウェルの親身な態度を信じ、夢をかなえる絶好のチャンスだと思ったジュフレイを待っていたのは、全裸で横たわる当時47歳のエプスタインだった。
2 / エプスタインに服を脱ぐよう指示された彼女は、過去の経験から「これが人生のあり方だ」と思ったとされる。何かを得るには、幼い自分の性を差し出さねばならないのだと。
「自分たちの子を産んでくれないか」 ジュフレイは後年、様々なメディアなどでエプスタインの前では自分も楽しんでいる振りをしなければならなかったと語っている。エプスタイン好みの整った顔立ち、スラリとした体型、長いブロンドの髪、演技ではあったものの溌剌とした笑顔によって彼女はエプスタインのお気に入りとなった。
彼女はロンドンにも連れて行かれ、英国のアンドリュー王子(当時)とも性行為を強要された。英国社交界でも名を知られていたマクスウェルが、アンドリューをエプスタインに紹介したのだった。
ジュフレイは計3回、アンドリューとの性交を強制されたと主張している。アンドリューはこれを否定しているが、ロンドンでジュフレイの腰に手を回し、マクスウェルと3人で写った写真が残っている。
撮影したのはエプスタインだった。2002年、ジュフレイはある出来事がきっかけで、エプスタインのもとを離れる決心をした。
彼女は死後に出版された回顧録『Nobody’s Girl: A Memoir of Surviving Abuse and Fighting for Justice(誰のものでもない少女:虐待を生き延び、正義のために闘った回顧録)』に、その詳細を記している。ジュフレイが19歳となった夏、エプスタインとマクスウェルが「自分たちの子を産んでくれないか」と打診したのだ。
当時、エプスタインは49歳、マクスウェルは40歳だった。40歳であれば自然妊娠は不可能ではないし、体外受精も可能だ。
それなのに、理由は不明だが、2人は若いジュフレイに代理母出産を依頼した。妊娠・出産の報酬は月額20万ドル(期間は不明)、そのかわり親としての法的権利は一切持たせないというものだった。
ジュフレイは2人の子を産み育てる気はなく、この打診を断った。ジュフレイがもちかけた「提案」 逆に、ジュフレイはタイにあるマッサージ・スクールの学費を出すよう、エプスタインにもちかけた。
19歳となった自分にエプスタインが性的な関心をなくしたことに気づいていた彼女は、これを機になんとかこのエプスタインとの関係から脱け出し自立しようと考えたのだった。エプスタインはタイから女性をリクルートしてくることを条件に出資を承諾した。
3 / タイに飛んだジュフレイは、そこでオーストラリア人の総合格闘技インストラクター、ロバート・ジュフレイと出会う。彼女はロバートにすべてを打ち明け、2人はすぐさまオーストラリアに飛び、結婚した。
3人の子供に恵まれ、数年は平和に暮らせたとされる。しかし、エプスタインが初回の逮捕をされた翌年の2007年、ジュフレイはエプスタインとマクスウェルからの電話を受ける。
2人はFBIの捜査が彼女にも及び、自分たちに不利な証言をしていないかと心配したのだった。先述したように、2008年、エプスタインは有罪を宣告されて収監されるが、司法取引により刑務所からほぼ自由に出歩ける「労働釈放」という驚くべき厚遇を受ける。
これに怒りを覚えたジュフレイは自分がエプスタインとマクスウェルの被害者であると名乗り出る。当初、ジュフレイは匿名でエプスタインを提訴した。
だが、翌年に初の女児が生まれると、娘のため、声を上げられないすべての女性のために自分が頑張らなければならないと考え、身元を明かしてメディアの取材に応じ始めた。以後、他の加害者たちへの3件の訴訟もすべて本名でおこなっている。
エプスタインへの訴訟は和解となり、エプスタインは和解金50万ドルをジュフレイに支払っている。加えて、2015年、「エプスタインによる性的人身売買」というジュフレイの主張を、「明らかな嘘だ」とマクスウェルが発言したことに対し、ジュフレイはマクスウェルを名誉毀損で訴えた。
これも示談となり、マクスウェルは金額非公開の和解金をジュフレイに支払っている。エプスタインの突然の死。
その時、彼女は…… ジュフレイによるアンドリュー王子(当時)への訴訟は2022年2月に和解した。本人も英国王室もジュフレイへの性加害を認めなかったものの、和解金と、ジュフレイが主宰する性的人身売買などの被害者支援団体への寄付金、合わせて推定約1200万ポンド(約1630万ドル)が支払われたとされている。
アンドリューの資産で支払える金額ではなく、アンドリューの母親であるエリザベス女王が一部を支払った。女王はその7カ月後の2022年9月に逝去、王位を継いだチャールズ3世(アンドリューの兄)は、のちにアンドリューから王子の称号を剥奪した。
2019年8月、エプスタインが死亡したことはジュフレイにとって大きなショックだった。ジュフレイは9月20日放送のNBCの報道番組『Dateline』に出演し、こう語っている。
「私は彼を悼んだのではありません。あの男に責任を取らせることが出来なくなったことを嘆いていたのです」 エプスタイン事件 世紀の暗黒スキャンダルの全貌 (文春新書) 堂本 かおる 文藝春秋 2026年10月16日 発売
M.Saito--JT