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俳優の古原靖久が、幼少期の養育放棄、5歳から高校卒業まで暮らした児童養護施設での経験、母親との別れを語った。
ドラマ「野ブタ。をプロデュース」で俳優デビューし、スーパー戦隊シリーズ「炎神戦隊ゴーオンジャー」で主演した古原靖久が、高校卒業まで児童養護施設で暮らした経験を語った。
古原は、母親が16歳の時に生まれた。両親はともに夜の仕事をしており、幼いころには何日もおむつを替えてもらえず放置されたことがあった。祖父が訪ねて来るたび、世話が行き届いていないことを両親に注意していた場面を覚えているという。
両親の離婚後は母親に引き取られたが、ひとり親としての生活が限界に達し、5歳ごろに児童養護施設へ入った。施設では職員から理不尽に叱られ、朝8時から翌午前3時まで正座させられたことや、洗濯板を使って自分で洗濯するよう命じられた経験があったと話した。
年上の子どもたちからの暴力も日常的で、友人同士で殴り合うよう強いられたり、エアガンで撃たれたりしたという。鎖骨には今も3つの痕が残る。トイレへ許可なく行ったことを理由に撃たれた際には、何をしても罰を受けると感じた。
過酷な環境で生きるため、相手が自分をどう見ているかを敏感に察し、先回りして行動する習慣を身につけた。古原はそれを、施設で自然に習得した処世術だったと振り返った。
母親は古原が小学5年生の時を最後に施設へ来なくなった。自分が捨てられたのだと理解するまでに2年かかったという。それでも本名で俳優活動を続けた背景には、母親がどこかで自分を見ているかもしれないとの思いがあった。
古原は、家庭と施設の両方で受けた経験を公表しながら、俳優として活動を続けている。自身の過去と向き合う過程では、母親の死を知った時の心境や家族への思いも語っている。
Y.Hara--JT