The Japan Times - 奥野史子氏、1992年五輪選考を回顧 首位通過とソロ代表決定後の重圧

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奥野史子氏、1992年五輪選考を回顧 首位通過とソロ代表決定後の重圧
奥野史子氏、1992年五輪選考を回顧 首位通過とソロ代表決定後の重圧

奥野史子氏、1992年五輪選考を回顧 首位通過とソロ代表決定後の重圧

奥野史子氏が、バルセロナ五輪の代表最終選考会で1位となった当時の思いを振り返った。欧州遠征中の朝原宣治氏との電話や、小谷氏の復帰を受けた決意も語った。

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1992年バルセロナ五輪でソロとデュエットの銅メダルを獲得した奥野史子氏(54)が、スポニチの連載「我が道」で、代表最終選考を1位で終えるまでの経緯を振り返った。強い対抗心を持って臨んだ選考会の後には、ソロ代表に決まった喜びとともに、新たな重圧が生まれたという。

選考に先立つ欧州遠征中、奥野氏は朝原宣治氏に頻繁に電話していた。当時の国際電話料金は高額で、相手が料金を負担するコレクトコールを利用した結果、朝原氏の電話代は月5万円に達したこともあった。チームメートには話せない悩みや精神的な負担を打ち明けられる相手だったと説明している。

朝原氏は多くを語らずに話を聞いてくれたという。奥野氏は、同じ競技者同士で言葉が少なくても気持ちが伝わり、その存在が支えになったと振り返った。

帰国後しばらくして、休養していた小谷実可子氏が練習を再開したと知った。報道が小谷氏に集中する中でも、奥野氏には、小谷氏が不在だったシーズンを高山氏と二人で乗り切ったという自信があった。ソロでの出場に加え、デュエットでも高山氏と代表になるつもりで練習を重ねた。

代表3人を選ぶ最終選考会は1992年3月28日から3日間、静岡の日本サイクルスポーツセンターで開かれた。「フィギュアトライアル」と呼ばれる選考で、基本姿勢と基本動作をつないだ連続動作が審査された。フィギュアは当時、五輪の競技にも含まれていた。

音楽に合わせる自由演技のルーティンとは違い、静かな会場で基礎動作に集中し続けなければならなかった。奥野氏は、緊張が大きく、息苦しさから途中で何度も酸欠になったと述べている。互いに小さな失敗もできない状況で、まず初日午前にミスをして2位となったが、午後の4課題で逆転し首位に立った。

残りの2日間も、小谷氏に負けたくないという気持ちで臨んだ。小谷氏の実績を尊敬する一方、休養中の1年間に自分と高山氏が世界で結果を残したことへの自負があり、今後の日本を担うのは自分たちだと考えていたという。

最終順位は奥野氏が1位、小谷氏が2位、高山氏が3位。選考が終わったときには安堵したが、それと同時に、自身のソロ代表が決まったことに驚いた。当初は代表選手3人を選ぶだけで、各種目の担当はこの場で確定しない予定だったためだ。

ソロに選ばれたことはうれしかったものの、小谷氏も同じ種目への出場を望んでいたはずだと考えた。次の日本選手権では、ソロで明確な内容の差をつけて勝たなければ小谷氏に申し訳ないと感じ、その思いがかえってプレッシャーになっていった。

奥野氏は1972年4月14日、京都市生まれ。6歳で京都踏水会のシンクロを始め、同志社大学2年時にバルセロナ五輪へ出場した。1994年世界選手権では、笑顔を見せない演技で芸術点の全てが10点となる史上初の評価を得た。引退後には日本人として初めてシルク・ドゥ・ソレイユに出演し、2002年に陸上の朝原氏と結婚した。

S.Ogawa--JT