新人証券マンが直面した体育会系文化と配属後の試練
新人証券マンが直面した体育会系文化と配属後の試練。集団の熱気が苦手で周囲と距離を置いていた研修中、深夜1時に酔った体育会系の同期から「何カッコつけとんねん」と胸ぐらをつかまれ、壁際に押し付けられる――。
バブル崩壊後の就職氷河期に。日興証券に入社した日野山大氏。集団の熱気が苦手で周囲と距離を置いていた研修中、深夜1時に酔った体育会系の同期から「何カッコつけとんねん」と胸ぐらをつかまれ、壁際に押し付けられる――。
昭和の体育会系論理が支配する業界で生き残れるのか。新人証券マンを待ち受ける「運命の配属発表」と「鬼課長」のエピソードを、新刊『 証券マンひりひり日記――日興証券25年、公益通報の果て、居場所を失い会社を去りました 』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目) 。
かつては内定辞退を防ぐため、豪華な旅行や接待が行なわれていたらしい。景気後退期に入り、そこまでの余裕はなくなっていたとはいえ、先輩社員たちはどこか証券会社特有の勢いを漂わせていた。「毎朝、日経平均と為替くらいは見とくようにしろよ」 先輩社員は笑いながらそう言った。
それでもせいぜいその程度で、入社前に外務員試験を取れなどとも言われなかった。私は相変わらずどこか他人事のように構えていたが、銀行員の父親だけは心配していた。本屋で経済入門書を何冊も買ってきて、「日経新聞はここを読むんや」と熱心に教えてくれた。
私は生返事をするばかりで、株価欄も数字の羅列にしか見えなかった。自分がこれから証券マンになるという実感もほとんどなかった。2 /7 ページ目 この記事を1ページ目から読む 10人の新人課長 4月から新人研修のため、2カ月間の研修所生活がスタートした。
バブルの残り香を感じさせる豪華な研修所の2人部屋、まだ肌寒い春先の空気の中、朝は決まって同期たちの騒がしい声で目が覚める。研修は9時から17時まで、証券外務員資格取得のための講義が中心だった。証券取引法、約款、株式、債券、投資信託……聞き慣れない単語が並んでいたが、研修そのものは想像していたほど厳しくはなかった。
後半になると模擬試験が始まり、一定点数に届かない者は居残りや追試を命じられたものの、それさえ乗り切れば夕方以降は完全な自由時間だった。同期たちは、夕方以降のすごし方によって、自然といくつかのグループに分かれていった。サッカーやテニスに繰り出す体育会系グループ、インドアの麻雀グループ、さらに飲み歩きグループ。
私は誘われれば、たまにサッカーに参加したが、それ以外は極力、各グループから距離を置いていた。もともと集団の熱気がどうにも苦手だったのだ。研修が始まって1カ月ほど経ったころだった。
講堂へ集められた私たちの前に、10人の若手社員が現れた。彼らは新人課長で、配属後、私たち新入社員を直接指導する現場責任者だと紹介された。年齢は20代後半から30代前半くらい。
若い者では入社7年目、上は10年目前後と聞いた。壇上へ並んだ彼らはみな、自信に満ちた顔をしていた。その日の夜には研修所の中に噂が広がっていた。
「今日の新人課長たちは今後、10の支店に配属されるらしいぞ」 日興証券では、バブル期、全国すべての支店に新人を2~10人配属していた。3 /7 ページ目 この記事を1ページ目から読む まるで人気サークルの先輩を囲む大学生 しかし、配属先で先輩社員の雑用係のような扱いを受けるケースが多く、早期離職が大きな問題となっていた。そこで会社は育成方法を抜本的に見直し、「集中配属」を導入する。
新人の配属先を、札幌、池袋、新宿、銀座、横浜駅前、名古屋、京都、大阪、難波、福岡の10支店に集約し、それぞれに6人前後の新人をまとめて配属する「新人課」を新設したのとなっている。この日以降、新人課長たちは仕事帰りに研修所へ顔を出すようになった。そのたび、同期たちは競うように彼らの周囲へ集まった。
「銀座はやっぱり富裕層多いんですか?」 「新宿って数字(ノルマ)きついんですか?」 「難波支店ってノリ怖そうですよね」 まるで人気サークルの先輩を囲む大学生のようだった。
新人課長によって、人だかりの大きさが微妙に違うのも露骨だった。本部長表彰の回数、社長賞歴、出身大学……同期たちは、どこから仕入れてきたのかわからない「新人課長の情報」を交換し合っていた。私はそこに参加する気になれず、人の背中越しに場の空気を眺めていた。
それでいて、聞こえてくる情報だけは聞き逃さないようにしていた。元来、臆病な性格なのだ。地方支店についても、同期たちは勝手なイメージを語り合っていた。
「札幌は左遷先らしい」 「銀座はエリート、横浜駅前までがギリ勝ち組」 「名古屋は地場企業が強いから営業が相当きついと聞いた」 「福岡に行くなら酒飲めないと終わり」 4 /7 ページ目 この記事を1ページ目から読む 「地方は嫌だ」 とくに東京の大学出身者たちは口を揃えて「地方は嫌だ」と言った。地方出身者も本心では東京勤務を望んでいるのが透けて見えた。研修の終盤、総仕上げとして保養所でのレクリエーションが企画された。
保養所は、軽井沢、菅平、伊豆、那須の4カ所にあり、4組に分かれて泊まり込みを行なうとされる。関西生まれ関西育ちの私は昔から軽井沢という地名に憧れがあり、第一希望に書き、そのまま希望が通った。実際に行ってみると、そこでも私は居場所を見失った。
軽井沢組は体育会系の割合が高かった。彼らが大声で笑い、酒を飲み、肩を叩き合う。その輪の中、私はジャイアンたちの中へ放り込まれたのび太のようだった。
ボウリング大会が開催され、人事部が「利き腕禁止ルール」を提案した。私は子どものころ、左利きを無理やり矯正された影響で左手でも多少字が書けた。そのおかげで左投げでもスコアが出て、結果的に優勝してしまった。
輪から外れた地味キャラが唐突に優勝をかっさらったのだ。「急になんやこいつ」 半分冗談めいた空気だったが、同期たちから妙な視線を感じた。軽井沢での最終日の夜、人事部公認で酒が解禁された。
最終日の解放感も手伝ったのか、宴会は時間が経つにつれて荒れていった。腕相撲、組み手、大声のカラオケ、酔った勢いで肩を組む者たち。話題は相変わらず新人課長と配属先だった。
「絶対、銀座行きたい」「いや、難波のほうが稼げるだろ」「新宿は一発あるぞ」 私はその輪から少し離れ、壁際でウーロン茶を飲んでいた。」 5 /7 ページ目 この記事を1ページ目から読む 胸ぐらをつかまれ、壁際に… 後ろから肩を摑まれた。振り返ると、体育会系の同期数人が立っていた。
かなり酔っている。「おまえさぁ、飲み会にも来ない。ここでもみんなから距離置いてるよな」「ひとりだけ壁作って、何カッコつけとんねん。
自分だけ頭ええとでも思てるんか?」 胸ぐらを摑まれ、壁へ押し付けられる。体格は彼らのほうがひと回り大きい。
アルコール混じりの圧力で迫られ、逃げ場がない。私は怖くて、どうしたらいいかわからず、固まっていた。「やめろよ」 別の同期があいだへ割って入った。
おまえら、酔いすぎだぞ」 東京採用組の尾川君だった。彼の言葉をきっかけに、摑まれていた胸ぐらが放された。「…‥悪かったよ」 誰かが吐き捨てるように言った。
私は何も言わず、そのまま部屋へ戻った。何か言い返すべきだったのか……。言いようのないわだかまりが胸にくすぶり続け、なかなか寝付けなかった。
酒を酌み交わし、肩を組み、相手のフトコロへ飛び込む。体育会系の論理が幅を利かせる世界で、自分の居場所を見つけられるのだろうか。不安だけが眠れない夜の天井に広がっていった。
運命の配属発表 研修最終日――。2カ月続いた研修所生活もいよいよ終わりを迎えようとしていた。講堂には朝から妙な緊張感が漂っていた。
この日こそ、配属発表の日なのだ。新人たちにとって、ここが人生最初の分岐点だった。どの支店へ配属されるかによって、その後の人生が変わる。
少なくとも同期たちはそう信じていた。人事部長が壇上へ現れ、説明を始めた。「それでは配属先を発表します」 配属は北から順番に読み上げられた。
「札幌支店――」 名前を呼ばれた6人の顔に陰が差した。誰も露骨には言わないが、札幌配属は“ハズレ”となっている。首都圏志望者が多い中、北の支店へ飛ばされることへの悲壮感が表情に出ていた。
その後、池袋、新宿、銀座、横浜駅前と首都圏の支店が読み上げられると、空気は一変した。小さく拳を握る者、隣と顔を見合わせてニヤける者、首都圏支店配属の24名には歓喜が広がっていた。6 /7 ページ目 この記事を1ページ目から読む 配属先は… 首都圏支店の発表が終わると、まだ名前を呼ばれていない者たちの表情は固くなっていく。
地方支店の名前が読み上げられるたびにあちこちで落胆のため息が聞こえる。強い希望勤務地のない私はその様子をぼんやり眺めていた。「名古屋支店営業部、日野山大」 感慨もなく、その発表を聞いた。
名古屋は“夜が早い田舎”というイメージで人気は高くなかった。嬉しかったことがひとつある。軽井沢の保養所で私を助けてくれた東京採用組の尾川君が同じ支店に配属となったことだった。
本社勤務となった者たちはその場で人事部から説明を受けることになり、支店への配属者たちはそれぞれ新人課長に引き継がれることになった。支店に勤務する新人たちはまず「新人課」所属となる。名古屋支店の新人課を担当するのは、藤堂課長だった。
研修中から存在感のある人物だったが、近くで見るとさらに圧が増した。背筋を反らせるように歩き、ドスの利いた大阪弁で話す。「おまえら、移動や」私たちは藤堂課長に黙って従った。
空き教室へ入るなり、藤堂課長は椅子にも座らず言った。「まず最初に言っておく。今後2年間、ほかの支店に行った連中とはいっさい連絡を取るな」 誰かが恐る恐る言った。
7 /7 ページ目 この記事を1ページ目から読む 「数字から逃げるな」 「いや、お互い情報交換とか……」 「そんなん無駄や。新人同士の情報交換なんか、ただの悪口と愚痴になるだけや」 誰も口を開かなくなった。藤堂課長は一人ずつ顔を見回していく。
私たちはヘビに睨まれたカエルのように黙っていた。「今この瞬間から守れ。ええな」 「……」 「返事は?
」 「はい」 声が揃わない。」 藤堂課長が怒鳴るように言う。」 藤堂課長は満足そうにうなずいた。
「明日は朝6時出発や。それまでに退所手続き済ませとけ」 その後も、営業方針や生活態度について矢継ぎ早に話が続いた。「朝は誰より早く出社」「お客からの電話は3コール以内で出ろ」「上司より先に帰るな」「数字から逃げるな」……。
藤堂課長の大声レクは夜遅くまで続いた。内容の半分も頭に入らず、私は完全にオーバーヒート状態だった。説明が終わり、ようやく部屋へ戻る。
2人部屋の相方は、本社勤務が決まっており、すでに荷物を整理し終え、寝る準備に入っていた。「さっき廊下まで声が響いてたぞ。名古屋(支店)って、あんな感じなのか。
返事までやり直させるなんて、まるで軍隊だな」 「……まあな」 私はあいまいに笑った。明日の朝、この研修所を出て、名古屋支店営業部で証券マン生活が始まる。のんびりした学生気分はいつのまにかすっかり消え去っていた。
最初から記事を読む 「あんた、ちゃんと就職活動してるの?」気がついたら大手企業の採用はほぼ締切…“人生行き当たりばったり”の学生がそれでも「有名企業に就職できた」奇跡みたいな理由
T.Sato--JT