同性婚未認の英国で衝撃を与えたティルマンスの「ザ・コック」
ドイツ出身の写真家ヴォルフガング・ティルマンスの代表作「ザ・コック」は、男性同士のキスを大胆に描き、同性婚が未承認だった当時のイギリス社会に衝撃を与えた。現在、京都市京セラ美術館で開かれているYBA展で、その革新性と展示手法が再評価されている。
ドイツ出身の写真家ヴォルフガング・ティルマンス(1968年生まれ)による写真作品「ザ・コック」が、イギリスの現代美術界において重要な役割を果たした背景と、その展示意図について注目が集まっている。本作は、男性同士のキスを画面いっぱいに捉えたもので、2001年にティルマンスがターナー賞(英国の若手作家に贈られる現代美術賞)を写真家として初めて受賞する際の受賞作の一つとなった。
ティルマンスは主にドイツとイギリスで活動し、1980年代後半に台頭した「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれる若手作家群の一人として知られる。彼の作品は、一見カジュアルで何気なく撮影されたように見える一方で、入念な構想に基づいて撮影され、展示されていることが特徴である。
「ザ・コック」のタイトルは、ロンドンのLGBTコミュニティが集まるクラブでのイベント名に由来する。芸術史において「キス」というテーマはクリムトや写真家のクリスチャン・フンケなどによって数多く表現されてきたが、本作の最大の特徴は、男性同士のカップルを愛し合う姿として当たり前のように描き出した点にある。当時、イギリスでは同性婚が法的に認められていなかったため、この写真は人々に強い感銘を与え、「キス」を描いた芸術作品の歴史に新しい一ページを加えた。
ティルマンスは単に社会的メッセージを提示するだけでなく、革新的な展示手法でも知られる。彼は作品のサイズを意図的に変化させ、額装したりピンで留めたり、テープで貼付けたりするなど、一見ランダムに見える配置で展示を行う。このヒエラルキーのないフラットな展示法により、作品同士が響き合い、星図のような働きを見せる効果を生み出している。
現在、京都市京セラ美術館で開催中の「テート美術館―YBA & BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」展では、本作の隣に「あなたを忘れたくない」と題された作品が大きなサイズで配置されている。この作品は風景に抽象的な模様(現像段階で操作して加えられた)が重なり合ったもので、液状の曲線が寄り添い互いに溶け合う様子が描かれている。
両作品を並べて見ると、男性二人の愛と抽象的な模様の生命力が重なり合い、その愛が特殊なものではなく普遍的なものであることを示唆する。美術批評家の清水穣は、ティルマンスの表現原理を「等価性」と洞察している。彼はすべての事物を初めて接するかのように見つめ直し、表面に漲る魅力を示すことで差異を際立たせるのではなく、ものの境界の曖昧さを仄めかす手法をとる。これにより、何気ない事物でさえもすべてに等しく価値があることを観客に提示しているのである。
「テート美術館―YBA & BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」展は、京都市京セラ美術館にて9月6日まで開催されている。
K.Okada--JT